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2021.06.09

立教大学の歴史を徹底解説!キャンパスや学部の歴史も紹介

目次

立教大学は1874年(明治7年)に創設された歴史の深い大学であり、2024年に創立150周年を迎えます。
由緒ある立教大学の歴史を知ることは、立教大学が大切にしている学びの方針を知ることにもつながるため、入学を希望する人は調べておくとよいでしょう。

今回は、立教大学の歴史について解説します。

立教大学が設立に至った背景などにも触れますので、ぜひ目を通してみてください。

立教大学の歴史を徹底解説

早速、立教大学の歴史を紐解いていきましょう。 設立の都市から創設者まで、まずは概要をお伝えします。

立教大学の設立年・創設者とは?

立教大学は、1874年(明治7年)にアメリカ聖公会の宣教師であるチャニング・ムーア・ウィリアムズ主教により創立されました。
もともとは東京築地にあった外国人居留地において、聖書と英学を教える私塾「立教学校」として開校しています。
わずか数人の生徒で始まった小さな学校が立教大学のルーツであり、もともとは個人塾であったことがわかります。

立教大学の設立の背景とは

立教大学設立の背景には、日本に対するキリスト教の宣教勧告と学校開設の推奨があります。
アメリカの宣教師として有名なマシュー・ペリーが黒船で来航したことをきっかけに、アメリカ総領事館(当時の領事はタウンゼント・ハリス)の活動が活発化し、日本人にキリスト教を広める意義が説かれました。
1859年にはプロテスタント初となるミッション系学校が長崎に開校され、キリスト教の伝統・学校開設が盛んになるきっかけとなっています。
幕末から明治にかけて日本とアメリカの交流が盛んになったこと、まだ見ぬ文化に対するニーズや宣教の目的が広がったことに影響し、「立教学校」が建てられたのです。

立教大学の創設から受け継がれる特徴とは

立教大学は宣教師によって創立したという特徴があり、時代が変わった現代にも受け継がれているものが複数存在します。
下記では立教大学ならではの特徴を紹介するため、目を通してみましょう。

建学の精神

立教大学校歌にも歌われている通り、立教大学は「自由の学府」であるという建学の精神は創立時から変わりありません。
「PRO DEO ET PATRIA(神と国とのために)」というキリスト教の教えがアカデミー・ポリシーに反映されていたり、立教大学のオフィシャル・シンボルマークでもある楯にも表れていたり、さまざまな部分で当時から続く想いに触れることができます。

学問としてのキリスト教を追求する

立教大学はキリスト教系大学として有名であり、現在も文学部にはキリスト教を専攻できる学科が置かれています。
これは多くのキリスト教系大学にあるように聖職者の育成を目的とした学科ではなく、学問としてキリスト教の特徴や多宗派との違いを明らかにするような学科であることが特徴です。
聖書学はもちろん、キリスト教芸術から倫理学までキリスト教に関する後半な領域をカバーできるのは、立教大学ならではと言えるでしょう。
そのため、立教大学文学部のキリスト教専攻では、洗礼の有無にかかわらず入学することが可能です。
世界の文化・思想・芸術を多方面から分析するナチュラルな視点を養う場として、今も多くの卒業生を輩出し続けているのです。

立教大学のキャンパスの歴史を解説

立教大学のキャンパスは当初から池袋にあったわけではありません。
ここでは、キャンパスの歴史を確認していきましょう。

設立当初のキャンパスは築地キャンパス

設立当初の立教大学(立教学校)は、築地にありました。
外国人居留地が築地にあったことが要因となっており、学校だけでなく教会・病院を含むカレッジ型のキャンパスとして生まれています。
その後、拡張計画を踏まえて新たに築地で土地を購入し、改称後の立教大学校・聖三一大聖堂などを建設しています。
また、学問の神様で有名な湯島に設立された立教女学校も同じころ築地に移転し、聖公会の拠点を増やすきっかけとなりました。
大隈重信など歴史上の偉人も尽力し、最終的に築地居留地全体の22%を占める大規模キャンパスに成長しています。

1918年に池袋キャンパスに移転

1907年に立教大学として文部大臣から設立の許可を受け改称したあと、1918年に池袋へキャンパスを移転させています。
翌年は本館・図書館・寄宿舎(現在の2号館および3号館)・食堂が作られ、池袋キャンパスとしての歩みをはじめました。
1922年には大学令による大学として認可され、1949年には新制大学として認可されています。

立教大学の歴史を学部ごとに紹介

立教大学の歴史は、学部の歴史と照らし合わせながら見ることができます。
下記では学部ごとに細分化しながら歴史をチェックしていきましょう。

文学部の歴史

文学部は創立からの流れを長年汲み続けており、キリスト教を専門に学べる学科があるとして今でも有名な存在となっています。
文学部という名称になったのは1907年の専門学校令に合わせてのことですが、実情は創立期から存在していた学部だと言えるでしょう。
また、英米文学に関する研究も盛んで「草分け的存在」と自負しており、指導教員・蔵書とも充実しています。
2006年度には文学部の改編がおこなわれており、キリスト教学科・文学科・史学科・教育学科の4学科に縮小されています。

経営学部の歴史

現在の経営学部は、1907年に設置された商科を源流としています。
のちに経済学部経営学科となりましたが、社会学部産業関係学科と併合して2006」年に経営学部として独立しました。
「経営学部」という名前自体は新しいものの、学びの源流は古くから受けつかれているとわかります。
今では専門科目の70%%を英語でおこなう国際経営学科などが注目を集め、ビジネスの素養と英語力を担う授業として話題になることが多いです。

経済学部の歴史

経済学部も、経営学部同様1907年に立教大学として発足したときの商科をルーツとしています。
1924年に商学部経済学科として設置された後、1931年に経済学部として独立しました。
当初からあった学科は経済学科と経営学科でしたが、2002年に会計ファイナンス学科の設置を、2006年に経営学科が経営学部として独立しています。

理学部の歴史

理学部の前進は立教大学ではなく、1944年に設置された「立教理科専門学校」にあります。
その後、名称を「立教工業理科専門学校」に変え、1948年に現在の理学部として生まれ変わりました。
1949年の新制大学認可のころには聖路加病院と合併し医学部の開設が予定されていましたが、理学部はその前段階に当たる学部として作られています。
聖路加病院がGHQの接収を受けていたことなどを要因として医学部の創設は叶わなかったものの、現在でも理学部は立教大学唯一の理系学部として存在し続けています。

社会学部の歴史

社会学部は、1949年に文学部社会学科として設立されたことをきっかけに生まれた学部です。
1958年に社会学部が設置され、文学部社会学科は廃止されました。
もともとは社会学部観光学科があったものの、観光学部の設置によりこれも同様に廃止されています。

法学部の歴史

1959年に設置された、立教大学の中でも比較的新しい学部です。
法学部設置の目的は「平和と秩序の叡智を備えること」であり、当初は法学部のみの設置でした。
2004年には法務研究科が設置され大学院進学の道が開け、のちに法曹コースができるなど徐々に規模を拡大しています。

観光学部の歴史

観光学部は社会学部観光学科から独立して生まれた学部であり、1998年に誕生しています。
現存する日本最古のリゾートホテル「日光金谷ホテル」における当時の経営者・金谷善一郎が通ったことでも有名であり、当時は観光学部という名称ではなかったものの日本の観光を支える大きな基礎を築いています。
その後、「ホテル口座」「ホテル・観光コース」などの設置を経て、今の形になりました。

コミュニティ福祉学部の歴史

コミュニティ福祉学部は、1998年の観光学部設立と同時に開講されています。
1990年に新座キャンパスができて少し経ってからの設置であり、キャンパスの賑わいに貢献しました。

現代心理学部の歴史

現代心理学部は、2006年に設置された新しい学部です。
当初から心理学科と映像身体学科を置いており、現在も設置当初と変わらぬ運営がされています。

異文化コミュニケーション学部の歴史

異文化コミュニケーション学部は立教大学のなかで最も新しい学部であり、2008年に設置されています。
新しい学部でありながら現在の立教大学でトップの偏差値を記録する人気の学部として成長しています。

まとめ

立教大学は、創立150年を迎えようとしている大学です。
関東を代表する難関総合私立大学として今の不動の地位を得るに至った歴史を見直し、思いを馳せてみるのも面白そうですね。